化学・化学工学の分野で大切な概念の1つに『律速』があります。わたしの分離化学工学の講義でもよく出てきます。律速を聞いたことある人は、化学反応の律速段階、といった言葉のセットで出てきた、という方が多いのではないでしょうか。ただ律速は、化学反応を語るだけではもったいないです。もちろん化学反応を話すときにも使われますが、律速は、複雑なプロセス・社会を理解して改善したり、広く意思決定したりするときに、とても役に立つものなのです。このあたりの話をまとめます。
ちなみに律速はボトルネックと同じ意味です。ボトル(容器)のネック、つまり出口の部分です。いくら大きな容器でなかにたくさんの液体をためておけても、出口が小さかったら少しずつしか液体を出せない、という意味合いです。下の記事を見て律速がわかれば、”ボトルネック”の意味も分かるでしょう。
化学反応における律速
まずは化学反応における律速についてです。下のようにAからBになる反応と、BからCになる反応の2段階の反応
A → B → C
があったときに、たとえばA→Bの反応は1分で進み、B→Cの反応は1日かかるとしましょう (あえて極端にしています)。このとき、いくらA→Bの反応をたくさんしても、Bがたまっていくだけで、やはりCができるのは一日後になります。つまり、AからCになる過程(プロセス)の全体の速さは、B→Cの反応によって決まるわけです。このとき、B→Cが律速、といいます。この状況では、B→Cの反応が速くなるように工夫しなければなりません。
また、律速の別の例として、化学反応 D+E → F をすこし細かく見てみましょう。D+Eが反応するためには、
- DとEが出会う(衝突する)
- 活性化エネルギーを超える
の両方を満たす必要があります。DとEが衝突してもエネルギーが低いと反応しませんし、エネルギーが活性化エネルギー以上でも衝突しなければ反応しません。DかEかの濃度が低かったり、よく混ざってなかったりして、DとEが衝突する頻度が小さいとき、拡散律速といいます。エネルギーが活性化エネルギーを超えないとき、活性化(エネルギー)律速といいます。拡散律速のときは、よく混ぜたりして衝突しやすくする必要があり、温度を上げてエネルギーを高くしようとしても意味がありません。逆に活性化エネルギー律速のときは、温度を上げるなどしてエネルギーを高くしなければならず、よく混ぜても意味がないわけです。
律速は、複雑なプロセスを理解して改善するために重要
律速の概念を、化学反応を議論するだけにとどめておく必要はありません。律速は、複雑なプロセスを把握して、そのなかでどこを改善すればよいか検討するときに必要となります。
たとえば、町内会のお祭りや学園祭などでカレーライスを1000人分、20人でつくることを考えましょう。カレーライスを作るには、
- 材料を買う
- 野菜を洗う
- 野菜の皮をむく
- 野菜を小さくきる
- 野菜・肉を煮込む
- ご飯をたく
ことが必要です。そして20人で手分けしてカレーライスを作っていると、祭りの担当者からこんなお願いをされます。
『思った以上にお客さんが来ているので、追加で1000人前のカレーライスを、これまでの2倍のスピードで作って欲しい、ただし人手は出す』
たくさん食べてもらえるのは嬉しいし、儲けも増えるのであなたはOKを出します。では、あなたはカレーライス責任者として、どのように2倍で1000人前をつくる指示をだせばよいでしょうか?
コンロと鍋をもう一セット用意して新しい人たちにそこを担当してもらえばOKでしょうか?もちろんカレーは最終的に鍋から出てきますが、話はそんなに単純ではありません。最初に、カレーライス作りの律速はどこの工程か、を考える必要があります。上の、材料を買う、野菜を洗う、野菜の皮をむく、野菜を小さくきる、野菜・肉を煮込む、ご飯をたくといった6つの工程のどこが律速なのか見極めるわけです。どこが律速なのかはは状況によって異なります。いくらコンロと鍋を用意しても、ゆでるための野菜と肉が準備できていなければ意味ありませんし、ご飯が炊けていなければカレーライスになりません。
律速がどこかによって改善策も変わります。材料を買うのが律速であれば、追加の材料を買うために二手、三手に分かれてスーパーにいかなければなりません。野菜を小さくきるのが律速で、包丁が1つしかなくて人手はあっても野菜を切る速さが上がらなければ、新たに包丁を準備する必要があります。
繰り返しますが、大事なことは、カレーライスを作る、というプロセスの中で、
- 材料を買う
- 野菜を洗う
- 野菜の皮をむく
- 野菜を小さくきる
- 野菜・肉を煮込む
- ご飯をたく
のどの工程が律速か、を見極めることです。見極めて、たとえば野菜を小さくきるところが律速だと分かり、新たな包丁と人手を投入してその工程の速さを上げると、また別の工程が律速になります。次は新たな律速の工程を改善すればよいわけです。律速の見極めと改善の繰り返しです。
これはカレーライス作りに限った話ではありません。ある程度の規模の研究プロジェクトや、企業における社内プロジェクト、大学・企業の合同プロジェクトなど、複雑なプロセスを理解して進捗を改善するために、律速を見極めることが大切になります。
意思決定をするときも律速を考えよう!
さらに、なんらかの意思決定をするときにも律速は重要な概念です。
たとえば、あなたが彼氏もしくは彼女もしくは友人といっしょに歩いていて、どこかカフェに入ろう、という話になったとします。状況としては
- 疲れすぎて一歩もあるけない
- あまりお金がないので節約したい
- いい感じのおしゃれなカフェにいきたい
が考えられます。どのカフェに行くかの意思決定において、1は疲れ律速、2はお金律速、3はおしゃれ律速とでもいいましょうか。1のときは最初に見つけたカフェに入り、2のときはすこし歩いても安いカフェを探し、3のときは一杯の価格よりも雰囲気のよい店に決める、ということになります。
2人以上いたとき、律速がそろうと意思決定しやすいです。全員が疲れていたら、つまり疲れ律速でしたら最初に見つけたカフェに入れますし、全員金欠、つまりお金律速ならば安い店を見つけるまでみんなで我慢できます。難しいのは、それぞれの律速段階が異なるときです。一人はすごい疲れていて、一人は金欠で、一人はおしゃれカフェ希望、だったらカフェ選びは難航するでしょう。
逆に言うと、意思決定をするときに、人の律速はどこにあるかを把握しておくと便利です。彼氏(彼女)は疲れ律速なのか、お金律速なのか、おしゃれ律速なのか分かれば、適したカフェの提案ができるわけです。
旅行するときも、学生のときはお金はあまりありませんが時間はたくさんありますので、お金律速の旅になります。平日・休日関係なく、なるべく安いツアーに申し込むわけです。社会人は、ある程度のお金は手にしますが、旅行にいく時間がなくなります。料金が上がってしまいますが、休みのとれる連休に行くわけです。学生と社会人とでは旅行の律速が違うため、行き先・日程を決めるのは難しい、となるわけです。
複数の人と意思決定をするときには、それぞれの人は何律速なのか、考えるとよいでしょう。
化学工学者は物事・プロセスを俯瞰的に見るトレーニングをしている
律速は、化学反応を考えるだけでなく、研究・ビジネス・日常生活において役に立つ概念であることは理解できたと思います。化学工学者は、日常的に律速を見つけるクセがついています。つまり、一連のプロセスを一歩引いて、俯瞰的な視点で(鳥の目で)見るトレーニングをしているわけです。ということで、グループリーダやマネージャになって、組織やプロジェクトの進捗を管理するときも、全体を見て律速を見つけそれを改善する、ということが得意なのです。
以上です。
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