データ化学工学研究室 (金子研究室) の研究において、たびたび “バーチャル (virtual)” という言葉が出てきます。バーチャルスクリーニング (virtual screening)、バーチャルメトロロジー (virtual metrology) などです。バーチャルスクリーニングは、分子設計・医薬品設計のときに使われる言葉で、(多くの) 化合物もしくはコンピュータ上に存在する化学構造の中で、有望な活性・物性をもつ化合物をコンピュータで選択することです。バーチャルメトロロジーはソフトセンサーのことで、リアルタイム・頻繁に測定することが難しいプロセス変数の値を、コンピュータで推定することです。
バーチャル (virtual) という言葉について、VR (Virtual Reality, 仮想現実) などにあるように、”仮想的な” という意味で理解している方が多いと思います。実際、LONGMAN(英英辞典) において、
made, done, seen etc on the Internet or on a computer, rather than in the real world
– The website allows you to take a virtual tour of the art gallery.
– constructing virtual worlds
とあります (2018年8月12日時点)。確かに、ではコンピュータで化学構造を選択しますし、バーチャルメトロロジーでは測定困難な変数の値をコンピュータで推定します。
しかし、バーチャル (virtual) の意味はこれだけではないのです。しかも、上の “仮想的な” の意味は virtual の中で二番目です。
一番目の意味は、
very nearly a particular thing
– Car ownership is a virtual necessity when you live in the country.
– Finding a cheap place to rent is a virtual impossibility in this area.
なのです (2018年8月12日時点)。意味的に少しわかりにくいでしょうか。例文の中で捉えたほうがわかりやすいかもしれません。2つの例文を訳してみます。
- 田舎に住んでいるとき、実質的に (実際のところ) 車は必要だ。
- このあたりで家賃の安い賃貸を探すことは、実質的に (実際のところ) 不可能だ。
一つ目の例文について、もちろん田舎にも電車やバスは通っていますが、一日に数本しかなく、実際に住んでみると買い物などに行くときに車が必要、といったことでしょうか。二つ目の例文について、たとえば東京において、もちろん家賃が激安のところはありますが、ワケあり物件であったり、使うには部屋が狭すぎたりして、実際はそんなところに住めない、という意味と思います。
つまり、virtual は “実質的な” とか “実際の” という意味になります。Virtual として一般的に認知されている “仮想的な” という意味とは、真逆とはいわないまでも、とても異なります。ちなみに、実質的な、の対義語は、形式的な、とか名目的な、とかです。
Virtual のいち番目の意味をふまえて、バーチャルスクリーニングやバーチャルメトロロジーについて考えます。もちろん、これらはコンピュータ上で “仮想的に” 行われることです。ただ、その結果には、実質的な内容が含まれているのではないでしょうか。
化合物において発現する物性・活性は化学構造に由来します。その物性・活性の値に、ノイズが加わる形で、現実世界で観測されるわけです。機械学習により物性・活性と化学構造との間の実際の関係をモデル化できれば、そのモデルは化学構造から発現する物性・活性がノイズに左右されずに分かるという意味で、実質的、といえるかもしれません。バーチャルメトロロジーにおいても、プロセス変数間において構築されたモデルが、実質的な変数間の関係を表しているかもしれません。
今のところ、バーチャル (virtual) の意味をネタにした言葉遊びに過ぎないかもしれません。しかし、”実質的な” モデルに少しでも近づけるため、データ化学工学研究室では研究を行っています。
以上です。
質問やコメントなどありましたら、twitter, facebook, メールなどでご連絡いただけるとうれしいです。